事業承継
事業承継の重要性
いま「事業承継」問題が重要視されつつあります。
日本経済を支える中小企業では、近年、経営者の高齢化が進む一方で、後継者の確保や後継者への円滑な事業の承継が十分になされておらず、紛争が生じたり、会社の業績が悪化するケースが多数存在しています。
具体的には、事業承継の対策を十分にしておかなかった結果、相続税等の税金が過度に生じたり、相続人間でトラブルが生じることがあります。
また、対策不足の状態で放置した場合、最悪、廃業を余儀なくされることがあります。
以下、事業承継対策が不十分な場合に想定されるケースをご紹介致します。
【ケース1】高齢の会長が実権を握り、社長への経営委譲が進まないケース
A会長:X社の創業者で、現在は会長職。85歳。
過半数の株式を有し、会長となった今でも経営の最終決定を行っている。
B社長:A会長の長男で、現在は社長職。60歳。
社長就任後、10年程経過したが、株式保有比率は10%程度。
「経営権を委譲して欲しい」と常々思っているが、なかなか言い出せずにいる。
- ある日、B社長は意を決してメインバンクを訪れ、A会長が保有する株式の計画的移転を促すための説明を依頼。
ところが、それを聞いたA会長は怒り、逆にB社長との経営方針対立等を理由に、会社売却の意向を示すという事態に陥ってしまった。
⇒先代である中小企業経営者が、長男を社長にしたにもかかわらず、なかなか経営権を委譲しなかった事例。
経営権の委譲は現経営者が行うべきであり、後継者から経営権の委譲について言い出すのは困難であり、言い出すことで、逆にトラブルが大きくなる場合もある。
⇒例えば、顧問弁護士等を通じて、A会長に事業承継対策の重要性を理解してもらい、A会長に動いてもらえば、円満に後継者へのバトンタッチを行うことが可能であった。
【ケース2】事業承継の準備をしないまま経営者の判断能力が低下したケース
C会長:食品製造、販売業Y社の創業者。
数年前から健康を害し、D社長に代表権をゆだねた。
株式の80%以上と多くの不動産を保有。
D社長:C会長の弟で、現在はY社の代表取締役。
15年程前に立ち上げた健康食品部門をY社の中心事業に成長させた功労者。
銀行から多額の融資を受けて設備投資を行い、業績を拡大。
- 数年前からC会長は判断能力が低下。
D社長も体調を崩し、事業の一線から退きたいと考えているが、親族内に適当な後継者はいない。 - 近年では、Y社の業績は悪化。
一方、D社長が金融機関から融資を受ける際に連帯保証人になっていたC会長は、連帯保証債務が個人資産を上回る状態となっており、相続が発生すればCの相続人に多額の債務が残る恐れがある。
⇒創業者が、事業承継に関して何の対策も行わなかったため、事業の存続すら危ぶまれる事態に陥った事例。
⇒例えば、事前に、債務の圧縮、保証・担保の処理をはかった上、M&Aを検討する等によって、円滑な事業承継が可能であった。
【ケース3】後継者に事業用資産の集中ができなかったケース
E:小売業、製造業等数社、Zグループのオーナー。
資産総額は十数億円。
内訳は、現金のほか、自社株式、事業用不動産、会社への貸付金等。
F:Eの長男。
現在は、Zグループの代表取締役社長。
G:Eの次男。
以前、Zグループの経営に従事していたが、バブル期に本業以外で多大な損失を
発生させたために、追放されている。
- Eが死亡して相続が発生。
遺言書が作成されていなかったため遺産分割協議開始。
- Fは、Eの配偶者とともに、事業用資産の全てを相続する案を作成して提示したが、Gはこれを拒否し、法定割合での相続を主張。
結局、法定割合に基づき、事業用不動産の一部や会社への貸付金等をGに相続させざるを得なかった。
- ZグループはGへ債務を返済したため資金繰りが逼迫。
また、Gは事業用不動産を第三社へ売却する可能性を示しつつ、比較的高額での買取り要求を行う等したため、最近では他の事業にも悪影響が大きくなっている。
⇒相続予定者の中に意思疎通が図れない人物が存在していたにもかかわらず、十分な生前贈与や遺言の作成がなされなかったため、後継者に事業用資産の集中ができなかった事例。
⇒例えば、遺言書を作成することで、次男Gの権利を法定相続分の半分まで下げることも可能であった。
(上記ケースは、後述の「事業承継ガイドライン20問20答」中小企業庁、に紹介されている事例です。)
このように、事業承継は、経営者の個人的な問題ではなく、企業の存続のための重要な課題なのです。
いつから事業承継の準備に着手するか
「事業承継なんて、うちはまだ早い・・・・」なんて思っていませんか?
事業承継を計画的に行うためには、事前の準備が必要ですが、付け焼き刃の対策では十分に功を奏するとはいえません。
できれば5から10年前からの対策が必要です。
事業承継の方法
事業承継の方法としては、大きく分けて、
1. 親族内承継
現経営者の息子等の親族に事業を承継させる。
2. 従業員等への承継
役員や有力従業員へ事業を承継させる。
取引先、金融機関等から後継者を雇い入れ事業を承継させる。
3. 社外への承継(M&A)
会社そのものを売却し、第三者に経営してもらう。
M&Aとは、合併(Merger)と買収(Acquisition)と言う意味で、会社そのものの売り買いを指す。
が考えられます。
具体的にはそれぞれの方法で注意する点は次のとおりです。
【1】親族内承継
(1) 関係者の理解
- 後継者候補との意思疎通(特に候補者が複数いる場合は注意)
- 社内や取引先、金融機関への事業承継計画の公表
- 将来の経営陣の構成を視野に入れて、役員、従業員の世代交代を準備
(2) 後継者教育
- 社内での教育(研修や現場責任者等の適切な地位に就任させる)
- 社外での教育(各種セミナーや経営者団体活動への参加、関連会社の経営を任せる)
(3) 株式、財産の分配
- 後継者への株式等の事業用資産の集中(株式が分散している場合には買取り等を実施する)
- 後継者以外の相続人への配慮(生前贈与や遺言書による手当て)
- 相続税対策(相続時精算課税制度等の利用)
【2】従業員等への承継
(1)から(3)は、【1】の親族内承継の場合と同じことがいえます。
もっとも、従業員等への承継の場合、現オーナー経営者の親族の理解を十分得ておかないと、事業を継ぐ気がないといっていた親族が、突然、気が変わったと言い出すこともありえます。
また、従業員等への承継の場合、後継者従業員等に、株式取得のための資力がないことが多く、どのように資金調達をするか等が問題になります。
さらに、中小企業では、会社の負債を経営者が保証していることが多いですが、事業承継後は、先代と同様の負担を後継者にも負わせることになりますので、事前の債務の圧縮や、負担に見合った報酬の準備等が必要です。
【3】社外への承継(M&A)
親族内あるいは社内に後継者がいない場合には、会社そのものを第三者に譲渡する方法(M&A)があります。
M&Aには、次のような種類があります。
【会社の全部を譲渡する方法】
- 合併
- 株式の売却
- 株式交換
【会社の一部を譲渡する方法】
- 会社分割
- 事業の一部譲渡
M&Aの一般的な流れは次のようになります。
- 仲介機関の選択(金融機関、税理士、会計士、弁護士、商工会議所等)
- 売却条件の検討
- 会社の実力の磨き上げ(会社の価値を向上させる)
- 売却候補先企業への打診
- 秘密保持契約
- 条件交渉
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンス(売り手企業の精査、簿外債務がないか等のチェック)
- 売買契約書の締結、クロージング(資金決済)
また、それぞれの方法ごとにメリット、デメリットがありますので、個別の事情をよく加味しながら、事業承継方法と後継者を確定する必要があります。
1. 親族内承継
【メリット】
- 内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。
- 後継者を早期に決定し、後継者教育等のための長期の準備期間を確保することも可能。
- 相続等により財産や株式を後継者へスムースに集中させることが可能。
【デメリット】
- 親族内に、後継者にふさわしい素質と意欲をもつものがいるとは限らない。
- 相続人が複数の場合、後継者の決定、経営権の集中が難しい。
2. 従業員などへの承継
【メリット】
- 親族だけでなく、会社の内外から広く候補者を求めることができる。
- 社内でこれまで長期にわたって事業に携わっている従業員に事業を承継する場合には、経営の一体性を維持しやすい。
【デメリット】
- 後継者にふさわしい素質と意欲をもつものがいるとは限らない。
- 後継者に株式取得のため資力がない場合が多い。
- 個人債務保証の引き継ぎが問題となる場合が多い。
3. 社外への承継(M&A)
【メリット】
- 後継者にふさわしい相手を広く外部に求めることができる。
- 現経営者が会社売却の利益を獲得し、安心して引退できる。
【デメリット】
- 希望の条件(価額、従業員の雇用)を満たす買い手を見つけられるとは限らない。
- 経営の一体性を維持することが困難な場合が多い。
事業承継の準備の流れ
事業承継対策のためには、できるだけ早期に、「事業承継計画の立案」を行い、適切な時期に「具体的対策の実行」をすすめていく必要があるます。
その一般的な流れは次のようなものになります。
(事業承継計画の立案)
- 事業承継対策の重要性、計画的取り組みの必要性の理解
- 現状の把握(会社・経営者の資産等の現状、後継者候補がいるか)
- 事業承継の方法選択・後継者の確定
- 事業承継計画の作成
(具体的対策の実行)
⇒親族内承継
- 関係者の理解
・事業承継計画の公表 ・経営体制の整備 - 後継者教育
・社内教育 ・社外教育 - 株式・財産の分配
・株式保有状況の把握 ・財産分配方針の決定 ・生前贈与の検討 ・遺言の活用・会社法の活用 ・その他の手法の検討
⇒従業員等への承継
- 関係者の理解
事業承継計画の公表 ・現経営者の親族の理解 ・経営体制の整備 - 後継者教育
・社内教育 ・社外教育 - 株式・財産の分配
・後継者への経営権集中 ・種類株式の活用 ・MBOの検討 - 個人保証、担保の処理
⇒M&A
- M&Aに対する理解
- 仲介機関への相談
- 会社売却価額の算定と会社の磨き上げ
- M&Aの実行
- M&A後の対処(企業文化の融和、人事整備)
このように、事業承継の準備には、様々なプロセスがあるため、できれば5から10年前から、計画的な準備を行うことが肝要といえます。
もっとも、実際には、上記のような十分な時間がない状況で事業承継問題が迫っていることもありえます。その場合でも、できる限り、早期に、事業承継計画を立て、円滑な事業承継を実施することが大切です。
そのためには、事業承継に精通した弁護士等への専門家への相談が不可欠といえます。
なお、このような事業承継対策には、多額の費用がかかるのではないかとご不安な皆様も多いのではないでしょうか?
確かに、事業承継対策だけのスポットで弁護士に依頼をすれば、導入時に一定の費用がかかりますが、顧問弁護士制度を活用すれば、月々の顧問料の範囲内で、相当程度の対策ができることになり、円滑な事業承継が実現できることになります。
また、その場合、事業承継対策以外の法律問題も相談できますので、一石二鳥ということになります。詳しくは、弁護士までご相談下さい。
※事業承継については、その重要性から、その対策に政府も力を入れており、中小企業庁から事業承継対策の分かりやすいパンフレット「中小企業事業承継ハンドブック」が発行されています。
【事業承継問題に関する参考情報】
- 事業承継関連の最新情報はこちら。
- 「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」(中小企業庁)
- 「事業承継支援マニュアル」(日本公認会計士協会)